コルリクワガタのグループ

 1883年にLewis氏がルリクワガタ(Platycerus delicatulus)を記載した後、86年間、日本におけるルリクワガタ属は1種とされていたが1)、1969年、黒沢氏が実はもう1種類存在することを発見し、群馬県法師温泉を基産地として新たにコルリクワガタ(Platycerus acuticollis)が記載された。2)

 1987年、藤田氏らは日本各地の多数のコルリクワガタ標本を検して、亜種としてトウカイコルリクワガタ(Platycerus acuticollis takakuwai)、キンキコルリクワガタ(Platycerus acuticollis akitai )、ミナミコルリクワガタ(Platycerus acuticollis namedai)を記載した。3)

 2008年、久保田氏らは交接器内袋の形状などを比較し、従来コルリクワガタとされていたグループを4種に整理し、2新亜種を記載して大幅な「分類学的改訂」を行った。4)

 2009年、久保田氏らは、追加の知見を加えて、このコルリクワガタの新分類に関して、日本語で詳細な解説を行った。5)

 2010年、井村氏は、コルリクワガタのグループの和名に関して、新たな提唱を行った。8)

 2010年、久保田氏らは、ニシコルリクワガタ(基亜種)とトウカイコルリクワガタ(キンキコルリクワガタ)の京都府北部周辺での棲息状況の調査結果を報告し、ニシコルリクワガタの棲息地の東限が福井県に及んでいることを明らかにした。9)

 2011年、久保田氏らは、コルリクワガタとユキグニコルリクワガタが混生しているとされる群馬・新潟県境の三国峠周辺における個体の♂交接器内袋とミトコンドリアDNAの解析をした結果、これらは遺伝子流動が強く制限されていることから別種とするのが妥当と結論付ける報告をした。10)

 2011年、久保田氏らは、ルリクワガタ属における遺伝子解析の結果を報告し11)、2012年には日本語で詳細な解説をした12)
 核遺伝子解析では、「コルリクワガタのグループ」、「ニセコルリクワガタのグループ+タカネルリクワガタ」、「ルリクワガタ」、「ホソツヤルリクワガタ」が特有なタイプになるとした。一方で、別種とされるコルリクワガタのグループを核遺伝子解析のみで見分けるのは難しいとしている。
 ミトコンドリア遺伝子解析では、地理的な変異が明確に認められる一方、遺伝子浸透(過去に別種間で生じた交雑の影響)が出て、遺伝子解析だけで種の判別は出来ないことを示している。
例えば、トウカイコルリクワガタ近畿亜種(キンキコルリクワガタ)やトウカイコルリクワガタ四国亜種(シコクコルリクワガタ)は、ルリクワガタやホソツヤルリクワガタ、ニセコルリクワガタと同じグループになり、トウカイコルリクワガタ基亜種が入るコルリクワガタやユキグニコルリクワガタなどとは別のグループになるとしている。

 2012年、漆山氏らは、4種に分類されたコルリクワガタのグループの中で、コルリクワガタ(P.acuticollis)、ユキグニコルリクワガタ(P.albisomni)、トウカイコルリクワガタ(P.takakuwai)を用いて交雑実験を行い、コルリクワガタは別種であるが、ユキグニクワガタとトウカイコルリクワガタは別種でなく、亜種の関係にあるとするのが妥当との報告をした13)

 2012年、関らは、コルリクワガタ(P.acuticollis)が、これまで知られていた群馬県〜栃木県以北だけなく、山梨県〜神奈川県の低標高のエリアにトウカイコルリクワガタと標高で棲み分けをする形で棲息していることを報告した14)

 2017年、土屋氏は「ユキグニ&トウカイ問題」として、両者が同種なのか別種なのかということに関し、ギフチョウ&ヒメギフチョウやコブヤハズカミキリの仲間の関係を挙げ、現状では両者は別種と考えられるとの判断を示した。15)

 2019年、横川氏は「クワガタムシ ハンドブック 増補改訂版」を発刊したが、コルリクワガタのグループについては、統一した見解が得られていないことと、想定読者を考慮して、「コルリクワガタ種群」として扱った。16)

 @コルリクワガタ(ホンコルリクワガタ)
   
Platycerus acuticollis Kurosawa,1969
      基産地:群馬県みなかみ町法師温泉

 Aユキグニコルリクワガタ(ユキグニルリクワガタ)
  
Platycerus albisomni Kubota,2008 (Platycerus Takakuwai albisomni Kubota,2008) 
    基亜種:ユキグニコルリクワガタ Platycerus albisomni albisomni Kubota,2008 Platycerus Takakuwai albisomni Kubota,2008)
      基産地:山形県西川町弓張平

    亜種:チチブコルリクワガタ Platycerus albisomni chichibuensis Kubota,2008 (Platycerus Takakuwai chichibuensis Kubota,2008
      基産地:埼玉県秩父市入川 東京大学演習林(許可なくして採集禁止)

 Bトウカイコルリクワガタ(トウカイルリクワガタ)
  
Platycerus takakuwai Fujita,1987
    基亜種:トウカイコルリクワガタ Platycerus takakuwai takakuwai Fujita,1987
      基産地:静岡県天城山万二郎岳(高標高のエリアは採集禁止)

    亜種:キンキコルリクワガタ Platycerus takakuwai akitai Fujita,1987
      基産地:三重県父ヶ谷

    亜種:シコクコルリクワガタ Platycerus takakuwai namedai Fujita,1987
      基産地:徳島県土須峠

 Cニシコルリクワガタ(ニシルリクワガタ)
  
Platycerus viridicuprus Kubota,2008
    基亜種:ニシコルリクワガタ Platycerus viridicuprus viridicuprus Kubota,2008
      基産地:広島県比婆山

    亜種:キュウシュウコルリクワガタ Platycerus viridicuprus kanadai Kubota,2008
      基産地:福岡県経読岳

1. コルリクワガタ
 分布:群馬県、栃木県、茨城県、福島県、宮城県、山梨県、神奈川県

 基産地のある群馬県から東の太平洋側に分布しているとされてきたが、近年、山梨県と神奈川県の低標高(400〜600m)のエリアにも棲息していることが報告された。

 ♂の背面は緑〜青緑で、青味を感じさせる個体がやや多い。
 前胸は中央より前で幅広くなっている。
 上翅の光沢は、ユキグニコルリクワガタ(基亜種)に比べて、少しザラツキのある印象となる。

 ♀の背面は褐色がかった銅色が中心であるが、緑色の強い個体、紫色の強い個体も混ざる。
 上翅の光沢は、♂と同様にユキグニコルリクワガタに比べて少しザラツキのある印象となるが、産地によっては、ユキグニコルリクワガタと遜色の無いような光沢の強い個体も混ざる。   


左から、@群馬県産(基産地)、A栃木県産、B福島県東部産 上段:♂、下段:♀


2. ユキグニコルリクワガタ
 久保田氏により、従来「コルリクワガタ(基亜種)」とされていた個体群の内、長野県北部〜新潟県〜福島県以北(=雪国)の個体が「ユキグニコルリクワガタ」とされた。
 また、埼玉県、長野県そして群馬県の一部地域に生息する個体が「チチブコルリクワガタ」として、このユキグニコルリクワガタの亜種になるとされた。

2-1. ユキグニコルリクワガタ基亜種(トウカイコルリクワガタ裏日本北部亜種)
 分布:長野県、新潟県、群馬県(極一部)、福島県、山形県、秋田県、(岩手県、宮城県)
 前種「コルリクワガタ」との分布境界は、概ね太平洋と日本海の分水嶺に近いとされ、その北側に本亜種が棲息している。
 久保田氏による新分類では、コルリクワガタのグループは「側所的」に生息するとされてきたが、2009年の報文5)では、群馬県北西部においてコルリクワガタとユキグニコルリクワガタの混棲地があることが公表された。混棲地は、幅1km程度と推定される狭いエリアになるとのことで、今後、他の種の生息境界付近でも、同様なケースが出てくる可能性があるとしている。
 これまで、「越後型コルリ」と呼ばれていた青味の特に強い♂が安定的に採れる地域の個体もこの基亜種に含まれる。

 ♂も♀もコルリクワガタのグループの中で最も大型になり、上翅の光沢が強く前胸の張り出しも強い。

 ♂の背面は、緑〜青緑〜青で、多くの産地で青味の強い個体が高確率で得られる。
 特に「越後型コルリ」の産地では、強い青味を帯びる個体が多く得られる。


左から、@長野県産(越後型)、A福島県産

 個体変異もあり、まれに黒〜こげ茶色の♂個体が混ざることがある。
 また、「越後型コルリ」の産地では、ある程度の確率で「紫色」の強い♂個体も混ざる。

 ♀は銅色がベースであるが、紫色の強い個体、緑色の強い個体が個体変異として混ざる。
 上翅の横皺は浅く、光沢が強い。


左から、@新潟県産、A新潟県産(紫色が強い)、B福島県産(緑色が強い)

 また、「越後型コルリ」とされてきた地域とその周辺を中心に、黒色系の♀も数頭〜10数頭に1頭位の割合で混ざる。


左から、@新潟県産、A福島県産

2-2. チチブコルリクワガタ(トウカイコルリクワガタ基亜種×裏日本北部亜種移行帯個体群?)
 分布:埼玉県、長野県、群馬県南部
 「ユキグニコルリクワガタ」の亜種とされ、基産地のある埼玉県、そして長野県、群馬県南部だけに棲息している。
 久保田氏による2009年の報告5)では、チチブコルリの新しい生息地が明らかにされた。記載文の印象以上に、長野県の中部にかなり深く入り込んで棲息しているようである。
 一見、次種「トウカイコルリクワガタ」に似た形態の個体が多いが、♂交接器内袋の特徴は安定してユキグニコルリクワガタのものとなるようである。

 ♂の背面は緑色の個体が多く、上翅のザラツキもトウカイコルリに近い印象の個体が多い。


左:群馬県産、右:長野県産

 ♀も一見トウカイコルリに近い印象の個体が多く、前胸の張り出しは、コルリクワガタ、ユキグニコルリクワガタより弱く、上翅もザラザラした印象となる。


左:群馬県産、右:長野県産

 一方、♂では、ユキグニコルリクワガタ基亜種(トウカイコルリクワガタ裏日本北部亜種)の産地で得られるような背面の光沢の強い個体や、青味の強い個体が混ざり、♀でも、ユキグニコルリクワガタ基亜種の産地以外で確認したことの無い、「黒」を意識させる黒紫の個体も得ている。♂交尾器内袋の形状は安定しているようであるが、外観はやや不安定なようである。

3. トウカイコルリクワガタ
 3亜種に分けられる形で関東南部〜西日本まで分布しており、コルリクワガタのグループでは最も棲息エリアが広い。
 それだけに、同一亜種内でも地域変異が多い印象である。

 久保田氏による整理により、従来はキンキコルリクワガタとされていた天竜川以西に棲息する個体の一部が、トウカイコルリクワガタに含まれることとなった。
 ミトコンドリア遺伝子の解析を行うと、劇的な違いが見られるようである。
 また従来の「キンキコルリクワガタ」の一部と「ミナミコルリクワガタ」の四国に棲息するものが、このトウカイコルリクワガタの亜種、「キンキコルリクワガタ」、「シコクコルリクワガタ」とされた。
 2009年の発表では、四国北部に棲息する個体は、キンキコルリクワガタになるとされた5)

3−1 トウカイコルリクワガタ基亜種
 分布:埼玉県、東京都、神奈川県、山梨県、静岡県、長野県、愛知県、岐阜県
 基産地の静岡県天城山の個体は、非常にスマートで、よくニセコルリクワガタの♂に似ていると言われる。
 ♂の背の色は緑がベースであるが、黄色味の強い個体、産地によっては青味の強い個体が混ざる
 上翅は細かい横皺が多くなる。
 前胸の形状は、トウカイコルリ基亜種とキンキコルリの最も安定した識別点とされ、「トウカイ」では中央部より前に張り出しのピークがあるのに対し、「キンキ」では中央部付近に下がるとされる。


左から、@静岡県産(基産地)、A山梨県産、B東京都産

 ♀の背の色は銅色がベースであるが、紫味の強い個体が高確率で混ざる地もあるようである。


左から、@静岡県産(基産地)、A山梨県産(紫色が強い)、B山梨県産

3−2 キンキコルリクワガタ
 分布:岐阜県、富山県、石川県、福井県、三重県、滋賀県、奈良県、和歌山県、大阪府、京都府、兵庫県、香川県、徳島県、愛媛県
 従来キンキコルリクワガタとされていた本州西部(兵庫県以西)のものは別種「ニシコルリクワガタ」とされた。


左:岐阜県産♂、中:香川県産♂、右:大阪府産♀

3−3 シコクコルリクワガタ
 分布:徳島県
 従来ミナミコルリクワガタの一部とされていた四国に棲息する個体群の内、徳島県の吉野川右岸に棲息する個体群が「シコクコルリクワガタ」となった。
 ♂は銅色〜褐色で、小型の個体が多い。
 キンキコルリに比べ、シコクコルリでは、上翅の点刻が粗く、不規則な個体が多い。


いずれも徳島県産♂(左:基産地)


いずれも徳島県産♀(左:基産地)

4. ニシコルリクワガタ
 従来、「キンキコルリクワガタ」とされていた個体群の内、本州の京都府北部〜兵庫県北部以西に生息する個体が新種「ニシコルリクワガタ」として記載された。
 また、ミナミコルリクワガタとされていた九州に棲息する個体群も、この「ニシコルリクワガタ」の亜種「キュウシュウコルリクワガタ」となった。

4−1. ニシコルリクワガタ基亜種
 分布:福井県、京都府、兵庫県、岡山県、鳥取県、島根県、広島県、山口県
 ルリクワガタ属としては本土以外での初記録として報告された島根県・隠岐島の個体6)もこの「ニシコルリクワガタ」となる。
 ♂は緑〜銅色を帯びる個体が多いが、一部地域では、青味のやや強い個体も混ざるようである。
 小型個体が多く、上翅はざらついた印象となる。 


いずれも兵庫県産♂


島根県産♂と♀

4−2. キュウシュウコルリクワガタ
 分布:福岡県、大分県
 従来は「シコクコルリクワガタ」と同じ「ミナミコルリクワガタ」とされていたが、今回、「ニシコルリクワガタ」の亜種、「キュウシュウコルリクワガタ」として記載された。
 ニシコルリクワガタより、更に小型の個体が多いようである。


いずれも福岡県産

5. ♂交尾器内袋の比較
 久保田氏によって、コルリクワガタのグループは主に♂の交尾器内袋の形状の違いによって4種に分類されている。
 それぞれの典型的な形状を持つ個体の♂交尾器内袋画像を以下に示す。


上から
コルリクワガタ
ユキグニコルリクワガタ
トウカイコルリクワガタ
ニシコルリクワガタ

6. 生態
 ここでは、従来コルリクワガタとされていたグループをまとめて示すことにする。

 4月〜6月に発生。
 豪雪地帯では雪解けと共に一斉に発生して、ブナ、ミズナラ、トネリコ等の新芽に集中的に集まり、「新芽採集」を容易にしている。
 一方で雪が少ない地方では、新芽での観察は容易ではない。

 地上材を好むルリクワガタとは異なり、地面に埋没したり接地している湿った材に好んで産卵する。
 産卵は、普通、地面に接した部分に行われ、産卵痕(・)はルリクワガタに比べて一回り小さい場合が多い。
 産卵される材の太さは、関東周辺では、直径2〜3cmの細材から腕位の太さの材、そして数十cmあるような太材まであり、樹種や太さより、「朽ち方」に嗜好性があるように感じられる。
 朽ち方としては、フカフカ材はあまり好まれず、十分に朽ちてはいるが、しっかりと堅さが残っているような材が好まれるようである。




 周辺の新芽が完全に開ききった6月中旬以降、産卵材として好まれそうな落ち枝を静かに裏返すと、成虫が付いていることがある。
 産卵中の♀だけでなく、♂も普通に確認出来ることから、新芽だけでなく、産卵材も♂と♀の重要な巡り合いの場所になっていると思われる。




 ルリクワガタと同様、産卵・孵化後、初令、亜終令または終令幼虫でその冬を越し、産卵の翌年か翌々年の晩夏〜初秋に蛹化、10日〜2週間程度で羽化に至り、そのまま蛹室で冬を越し、翌年の春に発生するのが、一般的なライフサイクルと思われる。

7. コルリクワガタの分布図(関東周辺)
 久保田氏によってコルリクワガタのグループは4種に整理された。4),5)
 各種はほぼ「側所的」に分布していて、今の所、混棲しているのが確認出来たのは群馬県北西部の「コルリクワガタ」と「ユキグニコルリクワガタ」のケースのみであるようである。5),7)
 種(亜種)の同定には、♂の交接器内袋の形状を比較するのが有効であるが、仮に実体顕微鏡を持っていても、交接器内袋の観察は、一般の愛好家には容易では無い。
 更に♀しか得られなかった地の個体の同定は絶望的である。
 交接器内袋の比較が出来ない場合、久保田氏によって公表されたプロットを元に、種(亜種)を推定するしかない状況となっている。 

                           黄緑○:コルリクワガタ
                           水色□:ユキグニコルリクワガタ
                           赤色□:チチブコルリクワガタ
                           黄緑△:トウカイコルリクワガタ

1)Lewis, G., 1883. Trans. ent. Soc. Lond. 333-341
2)Kurosawa, Y., 1969. Bull natn. Sci. Mus., Tokyo 12: 475-485
3)藤田宏 , 1987. 月間むし (197) 3-7
4)Kohei Kubota et.al, 2008. Biogeography 10: 79-102
5)久保田耕平,他, 2009. 月間むし (462) 6-21
6)島田孝 , 2005. 月間むし (414) 18-25
7)久保田耕平,他, 2009. 昆虫と自然 44(5) 16-21
8)井村有希, 2010. 東アジアのルリクワガタ属158-189. 昆虫文献六本脚
9)久保田耕平、他 , 2010. 日本生物地理学会会報 65 159-161
10)Kohei Kubota et.al, 2011. Entomological Science 14: 198-202
11)Kohei Kubota et.al, 2011. Entomological Science 14: 411-427
12)久保田耕平,他, 2012. 月間むし (498) 10-18
13)漆山誠一,他, 2012. 月間むし (498) 24-39
14)関正伸,他, 2012. 月間むし (500) 10-19
15)土屋利行, 2017.日本のクワガタムシ大図鑑.BE-KUWA No.64 92-96
16)横川忠司,2019.クワガタムシ ハンドブック 増補改訂版 63

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